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明治21年
(1888)
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廣目屋初代社長 秋田柳吉、京橋五郎兵衛町(今の八重洲2丁目)にて、広告宣伝の仕事を始める。 |
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明治28年
(1895)
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日清戦争の幻灯を芝公園弥生館にて興行。廣目屋興行部の始まり。
川上音二郎と提携し浅草座で日清戦争の芝居を興行。廣目屋装飾部の始まり。 |
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明治30年
(1897)
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廣目屋店舗を銀座1丁目に移し、宣伝広告部、装飾部、興行部の3部門で活躍。 |
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明治38年
(1905)
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明治座で「日露戦争実写活動写真」を興行。 |
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明治45年
(1912)
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明治天皇御大葬にあたり、東京市より沿道の装飾の一切を廣目屋など3社で請負う。 |
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大正4年
(1915)
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創業者 秋田柳吉逝去に伴い、秋田善蔵社長に就任。 |
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大正11年
(1922)
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英国皇太子訪日歓迎のため歌舞伎座を杉の葉と生花で飾付け、全館装飾の仕事を東京市より請負う。 |
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大正12年
(1923)
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廣目屋を株式会社廣目屋と法人組織に改組。 |
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昭和26年
(1951)
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取締役社長に秋田善之亮就任
貞明皇后大葬儀式典設営に参加 |
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昭和32年
(1957)
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昭和天皇誕生日に一般参賀会設営に参加。以後毎年参加する。
春・秋の園遊会会場設営に参加。以後毎年参加する。 |
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昭和35年
(1960)
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大手町都立産業会館内に大手町営業所(ディスプレイ部)を開設。 |
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昭和40年
(1965)
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二代目社長 秋田善蔵逝去。築地本願寺にて社葬を執り行う。 |
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昭和45年
(1970)
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大阪万国博覧会ハワイ・ギリシャ館内等内装工事を請負う。 |
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昭和46年
(1971)
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東京都立産業貿易センター台東館設立にともない台東区浅草に浅草営業所開設
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昭和47年
(1972)
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中央区銀座1丁目に廣目屋本社ビル竣工。 |
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昭和54年
(1979)
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中央区晴海東京国際見本市会場内に晴海営業所開設。 |
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昭和55年
(1980)
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大手町都立産業会館閉鎖にともない中央区新川にディスプレイ部を移す。 |
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昭和57年
(1982)
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浅草営業所閉鎖、銀座本社ビルに集約 。 |
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昭和58年
(1983)
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株式会社廣目屋創業100年祭行事をホテルオークラにて挙行。
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昭和60年
(1985)
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ディスプレイ部を銀座本社ビルに集約。
'85つくば万博、韓国パビリオンの内装工事を請負う。 |
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昭和63年
(1988)
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千葉県船橋市に千葉営業所を開設。 |
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平成7年
(1995)
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晴海の東京国際見本市会場閉鎖にともない、晴海営業所を銀座本社ビルに集約。 |